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アヒンサーという強さ

  • yukisyoga
  • 3 日前
  • 読了時間: 3分

「傷つけない」って、どういうこと?

近ごろ、海外からの観光客が増えているせいか、「日本では〇〇してはいけません」という情報をよく見かけます。

中には「え、そうだったの?」と思うようなことまで“迷惑行為”として挙げられていたりして。(えー💦)

この「迷惑行為」という言葉をはじめ、「〇〇ハラ」とつく“ハラスメント”の種類もどんどん増えていますね。

もちろん、度を越した行為はいけません。けれど、言葉だけがひとり歩きしているようで、少し違和感を覚えることもあります。


相手を尊重することは、とても大切。でも同時に、相手の言葉に対して“断る強さ”を持つことも、ヨガでいう「アヒンサー(非暴力)」の実践のひとつかもしれません。

「傷つけない」ことに気を取られるあまり、関わることそのものを避けてしまうと、本当の優しさは育ちにくいのではないでしょうか。

また、「傷つけない」ことを意識しすぎて自分の個性や自然な表現まで抑えてしまうと、自分らしさや生命のエネルギーの流れが滞り、心の元気が少しずつ失われてしまいます。


アヒンサーとは、やさしく線を引くこと

以前に、「お客が店員に土下座を求めた」という話題を目にしました。そんな場面を想像すると、胸がざわつきます。もし自分がその立場だったら——アヒンサー(非暴力)でどう対応できるでしょうか。

アヒンサーとは、ただ我慢することでも、相手にすべてを合わせることでもありません。まずは深く息をして、相手の怒りに自分まで巻き込まれないようにする。それが最初の“非暴力”。

そして、必要なときにはこう伝えることもできます。

「申し訳ありませんが、そのようなご要求にはお応えできません」「私たちは互いに敬意をもって対応したいと思っています」など。

やさしく、でもはっきりと線を引く。それは、アヒンサーとサティヤ(誠実)の両方を生きる姿です。

それでも相手が変わらないなら、静かに距離を取ることもまた、非暴力のひとつ。「関わらない」ことは、逃げではなく、自分と相手、どちらも傷つけない選択です。

アヒンサーとは、ただ“傷つけない”のではなく、敬意と誠実の中で、やさしく線を引くこと。そこに、本当の意味での“やさしさの強さ”があるように思います。


アヒンサーを学ぶと、相手から強い言葉を向けられたときでも、すぐに「嫌がらせを受けている」と萎縮することが少なくなります。

なぜなら、暴力や強い言葉の裏には、恐れや悲しみといった背景があることを、体験を通して理解できるようになるからです。

とはいえ、嫌な気持ちを我慢するということではありません。

アヒンサー(非暴力)とサティヤ(誠実)を土台に、やさしく、正直に自分の気持ちを伝えること。それもまた大切な実践です。

それでもなお通じないときは、「それは本当の意味でのハラスメントなんだ」と落ち着いて認識できるようになります。


やさしさとは、ただ傷つけないことではなく、自分も相手も大切にする、誠実な向き合いの中にあります。



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